過去に取り交わされたヘアヌード写真集に関して取り交わされた確認書の効力の範囲
判例時報2603号で紹介された事例です(東京地裁令和5年7月10日判決)。
本件は、原告(平成5年頃から芸名を用いて活動し、平成16年に引退)が、平成5年に発売されたヘアヌード写真集のために写真を撮影しましたが、平成26年頃から令和2年頃まで電子書籍として原告の芸名を用いて平成5年当時撮影された写真(なお、電子書籍に掲載された写真の大半は、平成5年写真集には掲載されていないものであった。)を用いたことが、肖像権侵害や氏名権侵害にあたるとして損害賠償請求したというものです。
本件では平成5年当時取り交わされた下記の要旨の各確認書の効力がどこまで及ぶかが争点の一つとなりました。
・「私儀、貴社に対し、以下のとおり、肖像・姿態等の1回又は複数回の使用を許可します。」
・「使用媒体 貴社の制作する写真集、雑誌、書籍、ビデオ、映画、及び宣伝用ポスター、雑誌広告の全般」
・「モデル料 モデル料は、本確認書の作成と同時に貴社から受領したことを確認し、貴社には今後、名目を問わず何らの請求もしません。」
原告側は、つぎのとおり主張しました。
・平成5年当時におけるインターネットに関する客観的状況についてみると、電話回線によるダイヤルアップ接続が主流であったために通信速度が十分ではなく、また、従量課金型であったことから、データ容量が大きい画像等のコンテンツは敬遠され、文字情報のやり取りが一般的であった。
・このような状況に鑑みると、原告において、写真がインターネットのウェブサイト上において電子書籍の形式で販売され、購入者によってそのデジタルデータがダウンロードされることを想定していたとは考えられない。
・・・平成5年(1993年)といえば、私が大学に入学した年です。インターネットどころから身の回りには携帯電話すら一般的ではなかった時代でしたので、原告側の主張も理解できるところではあります・・・
しかし、裁判所は、次のように説示し、原告の請求を棄却しています。
・確認書には、冒頭に「私儀、貴社に対し、以下のとおり、肖像・姿態等の1回又は複数回の使用を許可します。」との一文が記載されており、使用回数を制限する記載はなく、有効期間も記載されていない。
また、原告は、芸名ではなく、確認書に本名で署名していることから、原告が芸名を使用している間のみ肖像使用を許可したものと解することもできない。原告写真の選択や使用方法、態様について制限する記載もない。
・「使用媒体」については、原告写真撮影の目的であった写真集に限定することなく、「貴社の制作する写真集、雑誌、書籍、ビデオ、映画、及び宣伝用ポスター、雑誌広告の全般」と記載されている。「モデル料」については「本確認書の作成と同時に貴社から受領したことを確認し、貴社には今後、名目を問わず何らの請求もしません。」との記載がある。
・確認書の前記内容は、客観的にみると、原告が、原告写真に写された原告の全ての肖像につき、「モデル料」の一回払により、使用される回数及び期間や使用方法、態様の制限なく、写真集、映画等のジャンルを問わずに、被告スプラッシュプロの制作する著作物に広く使用することを許可したものと解される。
・平成5年頃のメディアに関する社会の状況として、我が国においては、①同年に本邦初の商用インターネットサービスプロバイダがインターネット接続の商用サービスを開始し、その後、パソコン通信とインターネットの一体化が進められたこと、②通信速度が十分ではなかったこと、従量課金型であったことから、画像等のデータ容量の大きなコンテンツを扱うことは敬遠され、文字情報のやり取りが一般的であったものの、他方、情報通信ネットワークのデジタル化及び高速・大容量化、画像圧縮技術の進展により、映像を含めた様々な表現メディアの伝送が可能となりつつあったこと、③ハードウェア、ソフトウェアに関連する技術の進展により、文字・図形・音声・データ・映像等の様々な表現メディアの統合的な利用が可能になるとともに、優れたヒューマンインターフェイスによる映像等の情報の容易な加工・処理等が可能となりつつあり、映像作品をパソコン通信等のネットワーク上で発信・交換する事例が現れ始め、インターネットに接続されたワークステーションを使用した実験も行われていたこと、④既に米国において、場所を問わず他の情報通信機器との間で文字・図形・音声・データのやり取りをすることができる個人のための携帯型情報端末が多数開発、発売されており、我が国においても同様の通信機能を有する携帯情報端末の発売が予想されていたこと、⑤今後の情報通信関連技術のさらなる発展により、マルチメディア化は進展し、21世紀初頭には、より高度で多機能なシステムやサービスが開発、利用されるようになるものと考えられていたこと、⑥①から⑤の状況を背景として、平成5年は、各分野において、文字やデータの情報だけではなく、音声や映像情報についても複合的・一体的に利用し、対話的にやり取りするといったマルチメディア化の動きが本格化することから、「マルチメディア元年」といわれたことが認められる(前記(1)イ)。これらの事実によれば、乙3確認書が作成された平成5年当時、写真を掲載する媒体として、従前から普及していた紙媒体の写真集等のみならず、電子書籍のようにインターネット上で当該写真の画像データを流通させる媒体も、一般人の間で想定されていなかったとまではいい難く、徐々に認識されつつあったものと推認することができる。この点に鑑みると、乙3確認書の「1 使用媒体 貴社の制作する写真集、雑誌、書籍、ビデオ、映画、及び宣伝用ポスター、雑誌広告の全般」は、特に「全般」という語が用いられていることから、殊更に従前から普及していた紙媒体の写真集等に限定するものではなく、電子書籍のようにインターネット上で当該写真の画像データを流通させる媒体も排除する趣旨ではないと解する余地がある。
・原告は、平成5年当時、原告写真の全てについて不特定多数の者に閲覧されることを了承しており、むしろ早く業界における基盤を築くために積極的に多くの者による閲覧、注目を望んでいたことが認められ、そのような認識に基づいて、確認書に署名捺印したものということができる。本件証拠上、原告が、前記署名捺印の際に確認書の内容に疑問を感じて同席したマネージャーのFと相談したり、異議を述べたりしたことはうかがわれない。
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